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『玄関には式台をとろう』

 

『玄関には式台をとろう』

 

「玄関先で失礼します」といった挨拶があるように(玄関払いという言葉もあるが……)、家の中に上がらずに玄関だけで帰る客人も多い。

 

そういった意味で、玄関は簡単な接客スペースでもあるし、家の顔でもある。

 

住む人の性格なり好みなりを、一番よく表す場所だ。

 

昔流の日本建築だと、ちょっと格式の高い家では、唐破風があって、式台があって、その向こうに引き違いの障子がはまって、その奥に二~三畳の畳が敷いてあってというのが、決まりだった。

 

三和土(たたき)も洗い出しで、細かい砂利を入れたりした。

 

思えば、かなり贅沢をしたものだ。

 

そして、「式台はケヤキの銘木でなくてはだめ」といった、木をわかったうるさいお施主さんもいた。

 

私らも玄関は腕のふるい所で、楽しんで仕事をやらせてもらったものだ。

 

ところが、戦後は土地不足に加えて、住居に関する考えも変わり、玄関に凝る人がめっきり少なくなった。

 

地方ならともかく都会では、唐破風など和風旅館あたりでときたま見かける程度になってしまった。

 

玄関は出入り口の役割だけを果たせばよいといった考えに変わった。

 

しかし、合理性だけで片づけてしまってはつまらない。

 

ほかの場所はともかく、玄関は三百六十五日、毎日必ず一回は出入りする場所だ。

 

出入りできればいい、といった機能性のみに重点をおくと飽きがくる。

 

極端なことをいうと、訪問客は玄関の印象がよいと、ほかは少々安っぽくても、立派な家だ、といった感じを受けるものだ。

 

特別、金をかけろという気はないし、昔流をすべてよしとはいわないが、せめて式台くらいは残しておきたいと思う。

 

式台があるだけで、ぐっと風格が増すし、なにより、式台に腰を下ろして靴の紐をむすぶこともできるから、履物の着脱がかなり楽になる。

 

式台は靴のまま上がる外国にはない、日本独自の住文化だ。

 

「式台って何ですか?」という若い人が増えてきた。

 

寂しい気がする。

 

履物の着脱が楽な以外、式台の効用をもう一つ。

 

靴をあちこち投げ出して、乱暴に脱ぐことが少なくなる。

 

三和土とホールの高低差をなくせば、気軽に人を招く雰囲気になるといった思想が、玄関から式台を省略し、土間続きのような玄関を主流にしてしまったようだが、靴を脱いで上がる日本の暮らしでは仮に式台はなくとも、せめてかまちに腰掛けて、靴の紐が結べる高さはないといけない。

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